『60歳の約束 』2 そして「人生を変えた10行の手紙」へ


おはようございます!

今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。


昨日の続きを書かせていただきます。

(長くなります事、お許しくださいね)


「本を書く」という夫との約束、この事だけが亡き夫の為に、私ができる事でした。

出版を日延ばしにしようとする自分の、退路を断つために、

「60歳までには本を一冊書きます」と、講演のたびに皆様の前で話していました。

そして、その時々で原稿を書き溜めていました。

『次男のパートナーの実家が東京の大きな書店で、自費出版部門を持っています。

その出版社で出版することになり、期限を決め原稿を提出することになりました。』


長い間、その時々に書き溜めていた文章は、

一貫性がなく読み直すと、ダブっている所も。

自分自身の心にも響きません。こんな原稿でいいのかなぁ?と迷いながらも

約束の期日が・・・

不本意な原稿を持って、東京の出版社に伺いました。

編集者の方、装丁の方とお話しし、

「こんなツギハギのような原稿で、夫との約束の本ができるのか?」と。

出版社の方々もお困りだったと思います。

鬱々とした気持ちで神戸に帰りました。


長男にその事を話すと、

「母さんは、何のために本を書くの?

父さんの心としっかり向かい合って書いたの?もう一度書き直したら!」と、

言ってくれました。

ハッとしました。

「そうだった!期限ばかりが気になり、夫の心を訪ねていなかった事」を、

ズバリと言い当てられました。

「ありがとう、そうやね、書き直ししてみるね!」と。


そして初心に戻り、書き直したり、組み替えたり、

夫の事を思い出し、泣きながら書きました。

1週間ほどで一気に書き上げることができ、再度出版社へ。

お陰様で、拙いながら心を込めた本を出版することができました。

自費出版でしたが、一般に流通する本として書店に並べて頂き、

図書新聞の推薦図書にも選定されました。


その後も、長男や、知人たちから「次の本は?」と、

言われていました。

「手紙の素晴らしさを多くの方にお伝えしたい!」

ですが、直接お会いしてお話しし、手紙を共に書けるのはごく少数の方です。

本にすると、時間、場所に関係なくお読み頂ける!

そんな“心を伝える手紙の本”を書こう!と思いながらも、

出版の大変さを思うと、腰が上がりませんでした。


何度かメルマガに書かせて頂いた、大阪のエートス弁護士事務所の

今は亡き、西中務弁護士とのお出会いと、強いお勧めで、

2冊目の本「人生を変えた10行の手紙」を出版する事ができました。

先生とのお出会いなくしては、出版できませんでした。


前後しますが、

西中先生(私より5歳年上です)とのお出会いは、大阪の経営者の勉強会でした。

私が講師を務めた

「大切な人に手紙を書きましょう」というセミナーに参加された事がきっかけでした。


西中先生は、長年お母様のお世話をして下さった奥様に、

ちゃんとお礼を言ったことがなくて、

初めて奥様に、お礼の手紙を書こうと思われての、ご参加でした。


皆さんが手紙を書かれた後、私はいつものセミナーのように、

「よろしければ、どなたか手紙を読んで頂けませんか?」と皆さんに。

すると西中先生は、「ハーイ」と、大きな声で手を挙げられ、

奥様への感謝の手紙を、涙ながらに読んで下さいました。

そして、こんな事を言われました。


「今日は100万円の案件があったけどなぁ、このセミナーに来てよかった!100万円以上の

値打ちがあった!」と皆さんに話され、

私に大きなエールを送って下さいました。


そのあと、西中先生は絶版になっていた私の「60歳の約束」をネットで探されたようで、

便箋20枚に感想文を書かれ送ってくださいました。

あのお忙しい西中先生が、私のためにこのような感想文を自筆で・・初めてでした。

先生の真心に、涙が溢れてなりませんでした。


その後、西中先生は私を見るたびに、

「村山さん、次の本はまだですか!」と、背中を押して下さいます。

そして「村山さんは東京のぱるす出版社の春日社長(当時、今は梶原社長です)を知っているでしょう!

東京に行って出版して欲しいと頼んでいらっしゃい!」と強く勧められました。


春日前社長とは石川洋先生(社会教育者・托鉢者)の講演会で、何度もお会いしていました。

石川洋先生のご著書も何冊も出版され、「誠実な出版社」と、石川洋先生も時々お話しくださり、とても信頼されていらっしゃいました。

また田中真澄先生のご著書も、多数ぱるす出版社から出版されています。


春日社長は著名な編集者ですが、とても謙虚でいらっしゃり、

私にも、優しく接して下さいました。

東京で私が主催する、手紙のセミナーにもご参加くださいました。


話を戻しますね。

春日社長を存じ上げていますが、私は、自分の事を頼むのは苦手です。

まして以前から存じ上げ尊敬申し上げている方には、尚のことです。


西中先生の強い勧めに、勇気を振り絞って春日社長にアポイントを頂き、

東京に伺いました。


以前から私のメルマガをお読みくださっていた春日社長は、

話を聞いてくださり、「出版しましょう」と、即答でお引き受け下さいました。

何という大きな方でしょう!


それですのに、出来上がる寸前に、また原稿を書き直したり追加したりで、

大変ご迷惑をお掛けしました。

編集、校正、装丁など、すべてしてくださり、

大好きな若葉色の表紙の2冊目の本

『人生を変えた10行の手紙』が2018年4月出版!夢のようでした。


ですが、あれ程本の出版を楽しみにしてくださっていた西中先生は、

出版の2ヶ月前に急逝。

間に合いませんでした。

“西中先生、ありがとうございました。

そして間に合わなくてごめんなさい!“


お手紙を添えて、拙著「人生を変えた10行の手紙」を

西中先生の奥様にお送りし、お供え頂きました。


西中先生の強い後押しがなければ、

ぱるす出版社の春日元社長に、お会いしに伺っていません。

「人生を変えた10行の手紙」は出版できていませんでした。


また拙著を出版されて少し後、

春日社長は、社長を現社長に譲られて、ぱるす出版社を退社されました。


西中務先生、春日前社長とのお出会いがなければ、

出版はできませんでした。



教育学者の森信三先生のお言葉、

『人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、

一瞬遅すぎない時に。』と重なります。


多くの方々のご恩や、ご縁によって今がある事を、

深く思う今朝です。

西中務先生、春日榮様、ありがとうございました!

そして、長いメルマガも読みくださりありがとうございました。


みなさん、素敵な一日をお過ごしくださいますよう!



村山順子

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