• 村山順子

亡き妹への手紙! 由紀さん ありがとう!ごめんね!

おはようございます!

今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。

朝夕涼しくなりましたね。

突然ですが、ご兄弟がいらっしゃいますか?

皆様、お元気でいらっしゃいますか。


週明けから、湿っぽいメルマガの投稿、

お許しくださいね。


私は、5人姉妹弟の長女として生まれました。

真ん中の妹が、66歳で亡くなり2年7ヶ月余り。

ここ数日は、特に亡き妹の事が思いだされてなりません。

台風10号が故郷、沖永良部島近くを通るとニュースで何度となく聞き、

余計、妹の事を思い出したのだと思います。


無人となった実家。隣は町役場です。

いつも屋敷に雑草が生えるのを気にしていた、母と亡き妹。

故郷に住んでいた時は、シルバーの方々に草刈りをお願いし、

無人となった今は、末の妹の友人が定期的に草刈りをしてくれています。


仲の良い妹夫婦でした。

私の次男が生まれる時には、夏休み中という事もあり妹夫婦で神戸にきて

一緒に暮してくれました。

子ども好きな妹夫婦でしたが、子どもに恵まれませんでした。

高校教師だった夫(義弟)を早くに見送った後は、

実家で、脳梗塞で身体が不自由になった母の世話をしながら、

自分でお店を開き、両親と一緒に暮らしていました。

父を見送り、妹自身が透析をするようになり、母は、ケアハウスへ入所。


透析以外の日は毎日、母の元に通い、それはそれは行き届いた、

痒いところに手が届く・・と言うような世話をしてくれていました。

そして妹自身が癌になり、弟の紹介で宮崎の大学病院へ。

その時、私たちに頼んだ事があります。

それは誰も故郷に住む予定がないので、お墓を弟の住む宮崎に移して欲しいと。

妹も自分が故郷で暮らす事ができない事を思い、後を頼んでいました。

母も宮崎のケアハウスへ。


今頃になってですが・・

会社の代表を代わっているのだから、私が故郷に帰って妹と一緒に暮らしていたら・・

妹の人生も、少し変わっていたのでは・・と妹亡き後、気づきました。

申し訳なかった・・と、妹に詫びる思いです。


1人暮らしに慣れた妹は、「1人が良い」と、言うのかも知れないけど、

1番身軽な私が故郷に帰れたのになぁ~・・と。

いつもは沖永良部島、そして講演などがある時は神戸に戻り、出来ることをして・・

そんな暮らしができたのに・・・・思いつきませんでした。

妹を思い遣る気持ちが、足りませんでした。


大阪で会社を経営している尊敬する友人(女性)は、大阪と故郷、徳之島を

行き来しながら暮らしています。

徳之島でも障碍者のための仕事を創出。軌道にのせ、しっかりお給料もお渡しできる

ようになったと。社員に任せ大阪と徳之島を行き来しています。

大阪の会社も任せることによって、後継者たちも育っているようです。


自分でもわかっているのですが、

どうしようもない事を、考える事があります。

妹の願いは「母より1日でもいいから、長く生きたい」と。

妹の願いは叶いませんでした。


よく気がつく、すぐ下の妹にそんな事を話すと、

「由紀さんが生きていたら、お母さんがどうしたら喜ぶかを考えて、先に必要な物を揃えていたよね。」と。

「お母さんに喜んでもらう事が、妹に喜んでもらうことになるから・・・」と、

亡き妹に出来なかった事を悔やむ私に、話してくれます。

そうだなぁ~と。

妹たちには、教えられることが多いです。


帰宅し、玄関に入るときには、

夫はじめ、亡き愛しい人たちの名前を声に出して呼びかけ

「ただいま、帰ってきましたよ」と、大きな声で話しかけるのが

私の日課です。


妹は、私の中で生きています。

目を閉じると妹の声がはっきり聞こえます。

こうして書いていると、妹にしてもらったことの多さに涙が溢れます。

「由紀さん、ありがとうね!

そして心の足りない姉でごめんね!」と。

亡き妹の唄う「演歌はイイね」を聴きながら書いています。

写真の妹が、笑っています。


週初めです!

今週は、新しい内閣総理大臣が決まり、

組閣人事が発表されます。


素敵な1週間でありますように!



村山順子

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