• 村山順子

日野原重明先生にお会いしたくて・・待ち伏せしてしまいました!

最終更新: 8月13日


おはようございます! 今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えの事と存じます。 事務所前の花壇は、ただいま植え替え中! 夏の花たちが、色とりどりに咲くのが楽しみです。 話は変わりますが、 2017年106歳で亡くなられた聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生。 人間学を学ぶ月刊紙「致知」6月号に日野原先生の事を 遺伝子工学の村上和雄先生(筑波大学名誉教授)が 書いていらっしゃいました。 「人生の目的は愛すること」の中で、 “医療とは科学に基づいた芸術により、人々を救う行いです。 僕の後を歩いてくださるすべてのドクターたちへ、 どうかアーティストであっていただきたい“と。 (詳しくは致知6月号をお読み下さいね) 日野原重明先生に初めてお会いした時の、 何とも言えない先生の優しさを思い出しました。 初めて私が全国誌に取り上げて頂いたのは、 50才からの生き方応援雑誌「いきいき」(現ハルメク)2002年3月号でした。 (無名の私がなぜ、全国誌に載せて頂くことになったのかは明日書きますね) その雑誌に日野原重明先生の「生き方上手」という対談コーナーがあり、 その号では日野原重明先生と、90歳を過ぎて尚現役の美容師、 吉行あぐりさんとの対談でした。 読んだ瞬間に、日野原重明先生にお会いしたい!と思いました。 日野原先生は音楽をこよなく愛し、「葉っぱのフレディ~命の旅」のミュージカルを 企画演出され、10年以上も前ですが神戸の文化ホールに来られるとのこと即申し込み。 会場は笑顔の観客で満席でした。 ですが、どうしても日野原先生にお会いしたい! “どうしたら先生にお会いできるか?“を考えました。 会場の入口で待つと、ご迷惑をおかけしてしまう。 どうしたら良いのか? 多分、先生は新幹線でお帰りだと思いました。 一足先に新神戸駅に行き、入場券を買ってお待ちしていました。 ”待ち伏せ“をする事は初めてでした。 ドキドキしながらお待ちしていました。 ぶしつけで失礼かと思いましたが、この機会を逃しては 二度と間近でお目にかかる事は出来ない!と思った時、 その想いを抑えきれませんでした。 “新神戸駅まで行ってお会いできなければ、それはそれで諦めがつく! 何も行動しないで後悔したくない!” そんな思いが私を突き動かしていました。 私の想像通り日野原先生は“いきいき“の片寄前編集長たちとご一緒に 新神戸駅に来られました。 「日野原先生にお会いしたくて新神戸駅でお待ちしていました」と、お声を掛けると、 先生はニコニコ顔で「そうかね!よく分かったね、嬉しいね!」と優しいお言葉を 掛けてくださり、皆さまの後ろについてホームまで。 日野原先生は、当時95~6歳? 駅の階段を一段抜かしで軽やかに登られ驚きました。 “いきいき”の片寄編集長とは、私の事を“いきいき”に掲載して頂いた後、 何度か手紙をお送りしていました。 片寄編集長が、日野原先生に私を紹介くださいました。 そして帰り際に、日野原先生に握手して頂きました。 赤ちゃんのような柔らかい手でした。 嬉しかったです! 冷静になって考えてみると、何と失礼な・・と思いますが、 日野原先生にどうしてもお会いしたい気持ちを、抑えきれませんでした。 先生はそんな私を優しく受け止めてくださいました。 無茶な追っかけをした私。 先生の優しさが有り難かったです。 今でも、あの日の日野原先生の2段抜かしの健脚を! マシュマロにような、ふんわりした手の温もりを思い出します。 日野原重明先生、ありがとうございました! 今日も笑顔溢れる1日でありますように! 村山順子

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