2021年7月19日 大きな出会いに繋がった「阪神淡路大震災15周年 祈りのとき」


おはようございます!

今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。

梅雨も明け、暑さも本番を迎えます。

暑さ対策をしながら、お健やかにお過ごし下さいますよう!


今週23日は、東京オリンピックの開会式。

コロナの緊急事態宣言の中、異例の開催。

どうか、無事に開催でき、感染者が増えないよう祈り願います。


今朝は、金曜日の続きを書かせて頂きます。

2010年、教え子のお母さん・・Tさんが、私の事を思って、ある書類を送ってきて下さいました。


それは、「阪神淡路大震災15周年 祈りのとき」が募集する、「亡くなった大切な人に宛てての100文字メッセージ」の用紙でした。

Tさんの言葉が添えられていました。

「先生、震災で亡くなった方へだけではないですよ」と。

すぐに書いて送りました。


こんな一文です。

「『勝保さん 見えますか?聴こえますか?これで良いですか?』と、いつも貴方に尋ねながら生きている私です。いつかそばに行った時、ただ貴方に褒められたくて、今を懸命に生きています」


500名余りの応募者の中から、私のメッセージも、プロのアナウンサーに舞台上で朗読していただける23点の中に入っていました。


1月17日、神戸文化ホールに聴きに行きました。

大ホール(2000名)が満席。

その日のために結成された、200人の混声合唱団。

長岡京市の室内管弦楽団!

プロのアナウンサーの100文字メッセージ朗読!

涙が溢れ、身動きができないほどの感動、感動!

終わっても暫く席を立てませんでした。


無料コンサートで、募金は会場でさせて頂きましたが、

この感動!この感激、感謝をどうお伝えしたら良いのだろう?

「手紙だ」と思いました。

パンフレットに、主催者、アナウンサーの所属局が書いてありました。


自宅に帰り、すぐに手紙を書きました。

感動した事、感謝の想いを書き、「100文字メッセージ」の出典の拙著「60歳の約束」を入れてレターパックで送りました(よく考えると、お忙しい方々に失礼な事をしてしまいました・・)。


翌日、大阪、神戸のアナウンサーの方々から、お電話やお葉書を頂きました。

皆様、お優しい方々でいらっしゃいました。

その後、NHKの村上信夫アナウンサーからご連絡を頂きました。


「僕は貴方の手紙に心を鷲掴みにされました。本も読みました。是非、NHKの『ラジオビタミン』に生出演して、手紙のことをラジオで話して下さい」と。

ごく普通の私が全国放送に出演するなんて恐れ多い気持ちでしたが、手紙の素晴らしさをお伝えできるのはとても嬉しい事でしたので、ありがたくお受けさせていただくことになりました。


そして当日。

放送中、村上さんが「村山さんの声は、マイクによくのりますね!」と褒めて下さいました。

すぐに「それは母のお陰です。故郷沖永良部島を出るその朝まで、毎朝、決まった時間に朗読(本読み)をさせ続けてくれましたので」と。

夫の10行の手紙も村上さんが読んで下さいました。


ラジオに出演後、すぐに母に電話を入れました。

母は喜んでいました。

脳梗塞で殆ど家で過ごしている母のもとに、近所の方々や親戚が「順子がラジオでツヤ子(母の名前)の事を褒めていたよ!」と駆けつけてくれたとの事で、母は大喜び。

思いがけず親に喜んで貰う事ができました。


私の事を思って勧めてくださる事に感謝し、そして素直にお受けさせて頂いた・・

その一つ一つが、人生を明るい方へ、明るい方へと導いてくれました。

出会って下さった方々に、感謝申し上げます。


週はじめから長くなりました。

みなさん お元気で、素敵な一週間でありますように!



村山順子

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