おはようございます!
今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。
もうすぐお盆ですね。
お盆が近づくと、今も思い出す光景があります。
70年余り前の事。私がもうすぐ4歳になろうとする時でした。
故郷沖永良部島で、医者をしていた祖父。
患者さん宅へ往診に出かけた祖父が、
瀕死状態で家に運ばれてきました。
雨が降っていました。
私は友達と、自宅の前にある小学校の床下で、石遊びをしていました。
みんな泣きながら、担架に乗せられた祖父を囲みながら家の中へ。
何が起こったのか・・往診中に車が脱輪し、祖父が投げ出され、
その上に車が・・虫の息の中で祖父が遺した言葉。
「運転手を責めてはならぬ」「仲良く暮らせ」だったと、
大きくなってから教えて貰いました。
いつも往診の時は、祖父と一緒に私も車に乗って出かけていました。
よその家でも走り回るやんちゃな私。
子守りの為に、いつも看護師さんも一緒に乗っていたそうです。
ですが、その日の朝、祖父は初めて私を診察椅子に帯で縛り付けました。
私が大好きな、お米で作ったミショウ(お米を発酵させた甘い飲み物)で
気を紛らわし、それでも泣きじゃくる私を、置いていきました。
私が行かないので、看護師さんも車に乗らないで助かったのです。
祖父は何か感じる事があったのか・・
目に入れても痛くないほど可愛がっていた私を、
診察椅子に縛り付けて往診に出かけたお陰様で、今の私がいます。
何か目に見えないものに、守られて生きてきたように思います。
祖母や両親は、祖父の遺言を守り通して今に至っています。
人生に、もしか・・・はないのですが、
いつも通り、往診に私を連れて行ってくれていたら、今の私はいません。
多くの方が、あの時!というような体験をお持ちだと思います。
守られ、生かされてきたことを、しみじみ思います。
そして祖父は今、私を見てなんて話してくれるのでしょうか?
じいちゃんの願った通りの私になれていますか?
そんなことを思う今朝です。
多くの方々の命が、
繋がって繋がって、思ってもらって、
今の私たちがいるのですね。
坂村真民先生の詩
「あとからくる者のために」を思い出します。
『あとからくる者のために
苦労をするのだ
我慢をするのだ
田を耕し
種を用意しておくのだ
・・・・・・・・
あとからくる者のために
山を川を海を
きれいにしておくのだ
・・・・・・・・
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
未来を受け継ぐ者たちのために
みな夫々(それぞれ)自分で出来る何かをしてゆくのだ』
みなさん、今日も笑顔溢れる
一日でありますように!
村山順子
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