2022年9月22日「創業の頃」を思い出しています。

更新日:9月22日



おはようございます!

朝夕気温が下がり、地域によってはコートを羽織っていらっしゃる方々も。

季節は、一気に秋へと向かうのでしょうか。


(一社)実践人の家の全国研修大会の講演録をようやく書き上げ、提出しました。

ホッとする間も無く、次の準備に追われています。

10月1日、NPO法人の「コミュニティビジネス起業セミナー」の

「事例紹介」で、若い方々に交じって、30分ほどの発表と、その後パネルディスカッション。

ドキドキ、ワクワクです。


創業から23年余り、振り返ると、走り続けてきた年月だったと

懐かしく思い出しています。

大変だとか、辛いとか思う事もあったと思うのですが、

思い出すのは、毎日が懸命だった事。

笑顔、大笑いしながら…の姿です。

その日の予定を無事に終え、お客様に喜んで頂けることが嬉しくて、

「生きているなぁ~」と。


1999年7月、1人自宅の一室で起業しました。

後押しをしてくれたのは、夫から誕生日に貰った、短い手紙でした。

“尊敬する夫や子どもたちに恥じない、誠実な生き方、仕事をしたい!”

その想いだけでの起業でした。


当時は「学級崩壊」という言葉がテレビや新聞で毎日のように

取り上げられている社会情勢でした。

私が教師をしていた時代には、聞いたこともなかった言葉です。

保護者は協力的、校長先生教頭先生はじめ先輩の先生方も

「若い教師を育てよう!」と、大きく包み込んでくださり、

全力で子どもたちと過ごした、青春時代そのものの5年間でした。


1999年頃の先生方は、大変だったと思います。

仕事を家に持ち帰り、家庭の事も、子育ての事も・・

まさに、心の休まる時がないような時代でした。


夫は兵庫県学校厚生会(当時は兵庫県の外郭団体)に勤務。

役員研修会の最中、広島で突然逝ってしまいました。

理事長は、私の起業を聞かれ「学校厚生会の指定店に応募してほしい。

先生方の家庭に入って、先生方のサポートをしてほしい!」と言って下さいました。

仕事の少なかった当時。願ってもいない嬉しい事でした。

退職、現職合わせて約8万人の県下の先生方のご家庭に

伺う事ができる「指定店制度」でした。


ですが、創業まもない私が万一ミスをして、

会社で尊敬されていた夫の業績に泥を塗ることになっては…と

悩み悶々とする日々でした。

指定店応募の締切は2000年1月10日。

1999年12月31日朝6時半、何気なくつけたテレビ。

総合メンテナンス会社「サイリス」の長尾社長が出演されていました。

運命の出会いでした(一方的にですが)。

どうしてもお会いしたくて、会社に長い長い手紙のようなFAXを送りました。

(大晦日でしたので、年賀状に紛れてはと思い、失礼を承知の上で…)


すると1月5日、長尾社長からお電話が。

「村山さん、いつでもいらっしゃい」と。

即、東京の会社に伺いました。

FAXで事情をご存知の長尾社長は、

「指定店は亡きご主人さんが遺してくれた無形の財産だと思って、

大切に大切に守り育てなさい」と。


そのお言葉に背中を強く押して頂き、指定店に応募、今に繋がっています。

当時は、「家事代行サービス」という仕事自体が

あまり知られてないような時代でした。

今は一般のお客様も増え、先生方の割合は1割位です。


多くの方々にお出会いし、助けて頂きながら…今に繋がっています。

ただ、一つだけ言えるとしたら、私自身の生き方、考え方は

昔も今も変わっていないです。

「〇〇のために私にできることは何?」という事。


そして尊敬する夫に、可愛い子どもたちに

恥ずかしくない生き方、後ろ姿を!と、

自己点検しながら生きてきたように思います。

(気付かないところで、ご迷惑をおかけしている事もあるかと思いますが…)

昔を思い出し感謝する機会を頂いた事・・有難いです。


時間は、月日は、全てを包み込み懐かしく過ぎて行きます。

優しい思い出にしてくれるような気がします・・

全てよし!オールオッケー!ですね。


みなさん、今日も笑顔溢れる

素敵な秋の一日をお過ごしくださいますよう!



村山順子

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