2026年2月24日 聴いてみたかった、母の人生!
- 村山順子

- 2月24日
- 読了時間: 3分

おはようございます!
今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えの事、ありがたいですね。
昨日23日は、三連休最終日。
天皇誕生日でした。
天気に恵まれ、一般参賀の方々もお祝いに多く参集されていました。
みなさんは連休中、どこかお出かけでしたでしょうか。
私は、22日(日)は神戸読書会に出かけ、23日は弊社が奇数月に発行している「ひまわり新聞」の原稿を書いていました。
先日事務所の書棚から見つけた母の句集「鳳凰木のゆりかご」を、今、読み返しています。
時に胸がいっぱいになります。
母の心の叫びや、痛みが伝わる句が何首もあり、母の辛さ、頑張りが見えてきます。
まだ全部は読み直せていませんが、苦労の多かった母の人生を、しっかり聴いておけばよかった〜と。
宮崎の母の元にお見舞いに行った時、昔の話を聞かせてもらったことがありましたが、句集のような苦しみや悲しみは、直接聴くことはできませんでした。
母は亡くなり、もう聴くことができません。取り返しがつきません。
もっともっと母に寄り添い、聴かせてもらっていれば良かった〜と。
母の頑張りや辛抱があってこその、私たち5人の子ども。そして11人の孫、15人のひ孫です。
毎日、日記と家計簿を付けていた母。
母の人生は本一冊では収まりきれないなぁ〜と思い、そう言うと、母は「そうだね〜」と笑っていましたが・・
先日出会った母の句に驚き、思わず妹たちに電話しました。
◎自叙伝を 炎となし 年の暮
妹たちに「お母さんが自叙伝書いていた事、知っていた?」と聞くと、2人とも「知らない!」と。
もう母に聞くことはできません。
きっと、自叙伝を私たちが読むと辛い思いをするかと思って、ある年の年末、思い切って焼いてしまったのでは・・と。
全てを心に収めた母の優しさに、胸がつまります。
母の短かった青春時代・・挺身隊で東京に行っていた時の一句
◎井の頭 万助橋で 涼をとり
東京でもっと働きたかったそうですが、父親の強い勧めで、父との結婚の為、泣く泣く故郷沖永良部島に帰島。
東京での暮らしは、戦争中でしたが、母の青春時代だったようです。
世界では、戦争等に脅かされ、命の危険を感じながらの暮らしを送る人たちが大勢いらっしゃいます。
自分の希望通りの暮らし、生き方ができる日本の国。
当たり前ではない・・先人たちの苦労と想いの中での今の暮らしです。
後から続く、可愛いものたちのために(坂村真民) 今、私たちができる事を精一杯させて頂こうと思う今朝です。
みなさん、今日も笑顔あふれる楽しい一日でありますように!
村山順子
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