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2026年5月8日 母の日に贈れる幸せ!


おはようございます!


今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。



5月10日は「母の日」ですね。


母が93歳で亡くなり、3年が過ぎました。


生きていてくれたからこそ、花や贈り物を贈る事ができたのですね。


TVのコマーシャルで「母の日」・・と観るたびに、


「もう、母に贈ることはできないのだなぁ〜」と。



沖永良部島で透析中の真ん中の妹に癌が見つかり、田舎では治療できなくなり、三田市の妹が母と妹を迎えに沖永良部島に帰り、何とか宮崎に。


妹の入院先は、開業する前に弟がかつて勤務していた宮崎大学病院。


母は、介護付き施設に入所。


母の主治医は弟。


毎週水曜日には、弟が母のもとに診察に出かけていました。



4人の姉妹弟で、話し合っていた事があります。


母に“特別な延命措置はしない。痛みは感じないように、苦しまないようにする”


この事を決めていました。


最期が近い・・と弟から電話。


既に母の意識はなく、その夜は母の部屋に弟が付き添い。


夜中、眠るような最期を看取ってくれました。


最愛の一人息子に看取られての母の最期は、穏やかだったとの事でした。



目が見えなくなっていた母へのプレゼントが、だんだん難しくなっていました。


戦争中の傷がもとで、年齢と共に見えなくなると、眼科医に若い頃から言われていたそうです。


手術不可との事でした。


TVも見れません(一番の楽しみは国会討論でした。亡き祖母、母共通の楽しみでした)。


ラジオを耳元におき、動かせないので、同じ局の番組を聴いていました。


嚥下が難しく、食べ物もダメ。


脳梗塞で身体が不自由になり、歩くこともできませんでした。



亡くなる年の母の日に、手紙を書きました。


花や香水が好きだった母に・・少し大きめの“文香”を入れて、弟に送りました。


「母に読んであげてね!カードの香りも嗅がせてあげてね」と。


弟がカードを渡すと、母は嬉しそうに鼻の近くに・・「あぁ〜久しぶりのいい香り!いいなぁ〜」と。 


目が見えなくなっても、香りがわかってよかったなぁ〜と。



また、俳句が好きだった母。


私は俳句を作ったことは殆どありませんが、母の真似をして詠んでみました。


俳句・・と言えるのか分かりませんが(笑)



「ゆさゆさと 小枝ゆるるよ 山桜」ツヤ(母)


「鯉のぼり 大空高く 祖父の愛」順子



みなさん、今日も笑顔溢れる楽しい一日でありますように!




村山順子




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