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2026年8月20日 亡き母からの手紙(2002年8月)


おはようございます!


今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。



日々が飛ぶように過ぎていきます。


元気で予定の事をさせていただける事、ありがたい気持ちでいっぱいですね。



昨夜、仏壇周りの整理をしていて、亡き母が脳梗塞で右半身が不自由になってから書いてくれた手紙を読み直しました。


日付は2002年8月立秋の頃。


左手で書いたとは思えない、丁寧で整った文字。


父を見送った後、父や私たち子どもへの感謝の言葉、そして少しでも身体にいつもと違う事を感じたらすぐに検査してもらう事、夫を見送り子ども4人を育てていく私への思いが詰まっている手紙でした。



「お父さんとの別れは、子どもたち5人を育て上げてからのことで、感謝いっぱいで『ありがとう』と自然に口にしました。


今まで最高の生活をさせてもらっています。


食事も、着るものもあるので、何一つ欲しいものは無く充分です。


体調が悪くなったら宮崎(医者をしている弟一家)に行きます。


その時は野となれ山となれの覚悟はできています。


安心してください・・色々取り止めのない文です。これで筆を止めます。8月11日 母より」



母73歳の時の手紙です。


私たち子ども5人への仕送りで苦労続きだったと思うのに「最高の生活をさせてもらっています」と書いてくれていた事に、母の優しさに、胸がいっぱいになりました。



亡くなったのは92歳。


宮崎のナーシングホームで、主治医だった弟が一晩母に付き添い、穏やかな最期を看取ったそうです。 



母の事を思う時、『あの母の子どもなら、私も頑張れるはず!』と。


そういう生き方を遺してくれました。


父と、葛藤もあったと聞いていますが、「ありがとうしかなかった!」と感謝の言葉を書いてくれている事。


両親に感謝しかありません。



朝からしんみりした手紙を・・お許しください。


右半身不自由になっても、便箋3枚に丁寧にきちんと書いてくれた手紙!


母からの贈り物の手紙。


「お母さん、ありがとうございます!お母さんの子どもとして恥ずかしくないよう、精一杯喜んで生きていきますね」


仏壇の上に、村山の両親、夫たちと一緒に、父とともに掲げられている母の写真に呼びかける私です。



みなさん、今日も暑い一日のようです。


水分、塩分、休憩に気をつけられ、笑顔の一日をお過ごしくださいますよう!




村山順子



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