2026年2月26日 「女の子が居て良かった!」
- 村山順子

- 1 日前
- 読了時間: 3分

おはようございます!
今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。
先日来、母の句集「鳳凰木のゆりかご」を手にすることが多く、母を思い出すことがよくあります。
今朝も母の事、書かせて頂きます事、お許しください。
母と一緒に暮らした年月は13年余り。
短いですが、母の残してくれた後姿は、生涯私の生きる力になり、励まし勇気を与えてくれる事と思います。
親孝行らしいことは殆ど出来なかったのですが、ある時、母が涙を流して言ってくれた言葉があります。
「女の子が居て良かった〜」と。
(女の子の居ない方、申し訳ありません)
私は、2008年から倫理法人会で学んでいます。
知人に誘われ初めて「経営講演会」に参加。
講師の方のお話が、幼い頃から祖母が私に教えてくれていた「素直・謙虚・感謝」を中心としたお話でした。
「この会で勉強したら、私は人として今よりより良くなれるのでは!」と思い、懇親会で手を挙げて「私もこの会に入れていただけませんか!」とお願いし、入らせて頂きました。
法人会では“仕事、暮らし、人間関係等々の困りごと”などを無料で相談する事ができます。
何年か経ち、私が神戸市倫理法人会の会長をさせて頂いている時の事。
12月中頃、講師に私は、独身の三男の事を相談。
講師は「村山さんはお母さんに寂しい思いをさせましたね。すぐに田舎に帰り、お母さんにお詫びしなさい。そして4人の子どもたちにも寂しい思いをさせたことを、一人一人にお詫びしてください」と。
私の相談とは関係のない事のように思いますが、指導頂いたことは素直に実践!と学んでいましたので、子どもたち一人一人に、母親として足りなかった事を詫びました。
(子どもたちが小さかった頃、“良いお母さん、良い奥さんになりましょう!”という勉強会に入っていたのですが、その奉仕活動で留守がちだった時があったのです)
そして故郷、沖永良部島の母のもとにもお詫びに・・
12月は弊社(お掃除関係)にとって一番忙しい時でしたが、社長にお願いしてすぐに帰島。
実家には知らせていませんでした。
実家に入ると、母が悲しそうな顔で立ち、真ん中の妹(当時透析を受けていました)も、困った顔で立っていました。
当時胃腸に来る風邪が流行していて、身体の不自由な母はおむつをしていました。
そこから下痢が流れて立ち尽くしていたのです(朝から申し訳ありません)。
そこに私が突然!
すぐにお湯できれいに拭いて、着替えを。
その時、母が私に涙声で「順子、ありがとう!女の子が居てくれて本当に良かった!」と。
実はその時、妹は透析の為のシャント(透析の為の動脈と静脈を繋ぐ血管)を繋ぎ直す手術のため、緊急で鹿児島の病院に行かなければならず、途方に暮れていたところだったそうです。
妹に「直ぐに病院に!あとは私が引き受けるから!」と。
妹は安心して出かけていきました。
母は脱水があり、即入院。
思いがけない親孝行をさせて頂けました。
母は、女の子4人の後、5人目で念願の男の子が。
女の子が続き、医者の家系を守らなければ・・という周りの期待を超えた圧を感じながらも、お揃いの服を縫ってくれ、美味しい食事を作り、働き、育ててくれました。
その母の、この言葉。嬉しかったです。
困りきっていた時にちょうど行けて、驚き喜んでくれた、今は亡き妹、母の顔・・今も忘れることはありません。
みなさん、今日も笑顔溢れる素敵な一日でありますように!
村山順子
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