2026年3月16日 故郷の実家は今・・
- 村山順子

- 2 日前
- 読了時間: 3分

おはようございます!
今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。
みなさんの故郷はどちらですか?
ご実家に、どなたかお住まいでしょうか。
私は鹿児島県の沖永良部島で生まれ、13歳まで育ちました。
西郷隆盛さんが、島津久光公(薩摩藩主)の逆鱗に触れ、過酷な島流しにされた、その島です。
雨風を防ぐ事のできない狭い牢屋に入れられ、日に日に弱っていくのを見かねた役人(青年)とその母親が、牢屋を覆う大きな家を建て、お世話をし・・西郷さんはみるみる元気に。
西郷さんはその牢屋の中から、島流しの時に持ってきていた、江戸時代の儒学者佐藤一斎先生の言志四録をはじめとする書籍を島の人たちに読み説きました。
そのおかげで、沖永良部島は花の球根の栽培が昔から盛んで「花の島」と言われていましたが、 別名「教育の島」と言われるくらい、子女の教育に熱心な島になりました。
我が家もその流れを汲み、祖父、伯父、父、叔母たちも、鹿児島、熊本、長崎などに勉強の為に島から早くに出て行っていました。
祖父は熊本医専(熊本大学)に特待生で入学、卒業後は医者として島の人たちに頼りにされていたそうです。
私も勉強の為、中学3年生で神戸に出てきました。
近所に、故郷の人たちが集う会館があります。
毎年「敬老会」があり、手伝いに行くと、年配の方々が私に名前を聞くので答えると「弘野医者のお孫さん?」と。
「はい!」と答えると、皆が集まってきて「おじいさんに助けてもらった。優しいお医者さんだったよ」と。
祖父は大きな「徳」を遺してくれていました。
島にいた13歳までの私は、多くの優しい方々の愛情をたくさん頂き、また田舎では長女を“うないがみ(守り神)”とする風習があるのですが、そうして大事に育ててもらいました。
5人姉妹弟の長女の私。
私が提案することは、即賛成してくれ、両親へのイギリス旅行や、母の句集「鳳凰木のゆりかご」作製等々が実現。
役場の隣で、広い庭、古い鉄筋コンクリートのホテル・・そんな実家に、今は誰も住んでいません。
毎年何回か、庭木や草の手入れをして頂いています。
昨日、姉妹弟LINEに「庭木が生い茂ってきている写真」が。
昔「築山」と呼んでいたところに、ガジュマルの木が覆い被さっていました。
切って頂く事になりましたが、その木陰で、夏はゴザを敷き、机を並べて昼ごはんを友だちと一緒に食べた事、昼寝をした事を思い出しました。
5月、そんな故郷で最後の同窓会・・との事。
会場が、実家のすぐ下。
懐かしいような、哀しいような気持ちで・・参加します。
あっ!朝から長々と思い出話を・・申し訳ありません。
みなさん、今週も笑顔溢れる、素敵な毎日でありますように!
村山順子
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