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2026年5月25日 沖永良部島での「学校給食が始まった訳」に感動!


おはようございます!


今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。



故郷沖永良部島での同窓会に、島在住の90歳の恩師が出席下さり、学校給食の秘話をお話し下さいました。


昭和32年、沖永良部島は現金収入が少なく、普通のお弁当を持って来られない子供たちが数名いたそうです。


白米ではなく「やなぶ粥」という赤いソテツの実(強い毒性があり生食は絶対ダメ。特殊な毒抜きをすれば食用にできる)が入っていました。


その子たちは、浜辺の防風林の中で、みんなから隠れるように食べていたそうです。


その事を知った校長先生が、何とか学校で給食ができないかと各方面に掛け合い、学校でパンを焼けるようにしてくれ、昭和32年10月23日、中学校で給食が始まったとの事。


いきさつを初めて知り感動・・パンの焼ける良い匂いを懐かしく思い出しました。



そして、先生の指揮で、中学校校歌を全員合唱!


校歌って、みんな覚えているものなのですね!


音楽が鳴ると、歌詞を見なくても歌えました!



同窓会に参加できるのは、健康で、時間、経済的なゆとりがあってこそ・・参加できる事自体が、ありがたい事でした。


沖永良部島で純粋の蜂蜜を作り、ミツバチを育て養蜂家に譲っているアグ(友達)。


肉牛を育て販売するアグは、お酒が大好きだけれど、牛の出産が次々に・・夜にはお酒を飲まないとの事。


長男さんは獣医師で、島の畜産農家を支えているようです。


アグたちは元気に和服姿で踊ったり、カラオケしたり・・一緒に楽しみました。


田舎に居るアグたちの温かい心遣いに、身も心も満たされた一日でした。



90歳の叔母との時間も幸せでした。


同窓会のお膳に、叔母が数日かけて作ったじまみどーふ(落花生どーふ)をサプライズで出してくれ、初めて食べたみんなが「香り高く美味しいね!」と言ってくれた事。


叔母の庭の、「着生仕立て」と言われる、樹の幹や樹皮に胡蝶蘭を固定し、根を直接這わせる・・その優雅な様子。


亜熱帯気候の沖永良部島ならではの育て方で、直射日光が当たらないようネットを張っていました。


叔母のその胡蝶蘭を観に、島内外から見学に来られるそうです。


叔母は丁寧に説明、そしてお茶やお菓子を出してお接待!まるで四国88箇所のお接待みたい(笑)・・生きがいのようです。



母の家系は頭がしっかりしたまま、長寿です。


神戸の叔母も92歳、一人暮らしで炊事掃除も。


母も93歳まで記憶力抜群のまま逝きました。


私も叔母たちを見習い、元気で歳を重ねていきたいです。   


と思っていたら、帰りの飛行機に乗る頃に右足の膝が突然痛くなり、自由が利きません。


転んだり、無理したりした覚えはないのですが・・。


元気で歩けるって、本当に有難いことですね。



みなさん、暑さ対策をされながら、


今週も笑顔溢れる 楽しい一週間でありますよう!




村山順子


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