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2026年6月9日 “かあさん”


おはようございます!


今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか?



昨日、書棚の引き出しの中で、小さな詩集を見つけました。


作者不明の詩に心が止まりました。


そして事務所前のボードに書きました。


こんな詩です。



『かあさん



かあさんに 数えきれないほど


だっこされた だが 一度だって


おんぶされた だが 一度だって


おむつをされた だが 一度だって


食べさせてもらったが だが 一度だって


手を引かれた だが 一度だって


お礼を言われた だが 一度だって



気がついた時は


かあさんは もうこの世にいなかった』



この詩の最後の言葉


“気がついた時は かあさんは もうこの世にはいなかった” 


を目にした時、母を思い出し胸がいっぱいになりました。



宮崎市のナーシングホームに入所していた母。


3年前に93歳で逝った母。


脳梗塞で身体の自由は失っていましたが、頭ははっきりしていました。


言葉もはっきりしていました。


母の目は、戦時中の負傷で、年齢と共に見えにくくなると言われ、手術は不可と。


テレビを見る事はできませんでしたが、耳はよく聞こえていました。



弟のクリニックがナーシングホームの近くにあり、毎週水曜日に弟が母を診察に来ていました。


コロナの時期。面会も一日2人、15分でした。


神戸から何度も行きましたが、面会時間はあっという間に。


母はいつも寝る前に、子どもたち孫たち全員の名前を声に出して、呼び続けているとの事。


私の目の前で、瞬時に20人余りの名前を早口言葉のように言い続けていました。



一人で過ごす明るい部屋。環境的には安心して過ごせる場所。


ですが身動きできない母が、どんな気持ちで過ごしているのだろう?と思うと、母のどうしようもない寂しさを思います。


10人兄弟の真ん中の母。


一番頭が良かったと、叔母たちから聞いています。


18歳で親の決めた父との結婚!


泣きながら嫁いだとの事。


私が生まれ、みんなが私を可愛がってくれて、やっと婚家に少しずつ馴染めたと。


そんな母を思い出す、「かあさん」の詩でした。



いつか、村山の両親、実家の両親、亡き夫に出会うとき・・しっかりお世話させて頂きますね。


でもね、まだやり残している事があるので、ゆっくり待っていてくださいね。


そんな気持ちになった昨日でした。



「『今日も笑顔で頑張ろう!』と思えることを短く書いてね」と長男に言われて始めたメルマガでしたのに、湿っぽくなって申し訳ございません。



みなさん、今日も笑顔溢れる楽しい一日でありますように!




村山順子


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