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執筆者の写真村山順子

2023年12月4日 奄美を愛した日本画家 “田中一村!”



おはようございます!

今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。


メルマガをお読みくださっている画家の方からメールを頂きました。

返信の後半に「もう一度個展を開きたい!」と。

そして、奄美で晩年を過ごした日本画家、田中一村について書かれていました。

実は、私も一村の絵に心惹かれます。

いつか観たいと思っていた代表作「アダンの海辺」。

昨年11月に観てきました。

奄美市に住んでいる沖永良部島の友人の推薦で、奄美市倫理法人会で講話させて頂く機会がありました。

その時、彼女に案内してもらい、念願の「田中一村美術館」に。

とても立派な美術館でした。

貧しい中、絵の具を買うお金もなく、大島紬を作る作業所で働きながら絵を描き続けていたそうです。

地元の方々に愛され、大切にされている田中一村美術館。

そんな事を肌で感じました。


今こうしてメルマガを書きながらも、一村の絵が、描いている痩せほそった姿、ですが迫力ある・・絵に命を吹き込んでいる姿を思い出します。

私は、一村の画学生だった頃の事については殆ど知らないまま、絵に惹かれていました。

メールくださった方の、一村についての文章から教えて頂きました。

そのまま書かせて頂きます。


『彼は東京芸術大学美術学部日本画家科中退で、同期で最大のライバルと言われたのが東山魁夷画伯です。

奄美で絵の具にもこと欠く苦難の道を歩む中、画伯の個展作品を見て、海の波の描写が間違っていると厳しく指摘して、さらに疎遠となったエピソードがあります。

方や日本画のみならず現代画壇の大スター、方や奄美でうらぶれた無名の絵描きが同級生というだけで、この批評には世間は何をかいわんやです。


※しかし彼は困窮の中で、日々東シナ海の波を見つめて絵を描いている自負が、東山画伯の小綺麗な抽象表現で曖昧模糊とした絵=装飾画のスターとして映り、美術家のリアル感として許しがたい気がしたのです。』


この文章を読ませて頂き、田中一村の絵に宿る魂・・

なぜ心に迫ってくるのか、その訳がわかる気がしました。

何度も観たい一村の絵・・を思い出しました。


一村の晩年を過ごした家が、今も移築されて現存しています。

(外からですが、見せてもらいました)

長年住んだ借家からこの家に移り、新たな創作意欲を燃やし、ここを御殿のようだと言って大変喜んでいたそうですが、入居からわずか10日、心臓発作で孤独死したそうです。


今書きながら、あの代表作「アダンの海辺」が浮かんできます。

一村の生き方、絵に対する考え方を知って、次はもっと深く観る事ができます。

今度一村美術館に行く時の楽しみが増えました。


週初め、朝から長いメールをお許しください。


師走、最初の月曜日です。

NHK筋肉体操の谷本先生ではありませんが

「カラダ健やか、ココロ晴れやか」で、笑顔溢れる一日でありますように。



村山順子

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