2026年1月28日 亡き母の表彰状!
- 村山順子

- 8 時間前
- 読了時間: 2分

おはようございます!
今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。
昨日、岐阜に居る一番下の妹から、亡き母が15歳の頃に頂いた表彰状の写真がLINEで届きました。
4年前、三田の妹と岐阜の妹が、実家仕舞いに沖永良部島に帰りました。
その時に妹が持ち帰ったものでした。
綺麗に保存された、シワひとつない賞状。
母がどんなに大切にしていたかが、分かりました。
毛筆で丁寧に書かれていました(読めない文字がありましたが)、
昭和19年、今から82年前、第二次世界大戦の最中の表彰状・・ 転載させて頂きますね。
表彰状
高等科終了生 大坪ツヤ(母の旧姓)
右者資性温厚篤実ニシテ家業を扶クル余暇少年団幹部トシテ 班員ト共切磋シテ教養ノ向上ヲ図リ
其の効顕著ナルモノアリ 殊ニ毎暁天南州神社及招魂社境内ニ一年有余ニ亘リテ清掃奉仕ヲナシタル奇篤ナル 行為ハ以テ他の範タルニ足ル依これを表彰す 昭和19年3月23日
鹿児島県大島郡和泊國民学校校長 正七位勲七等 新納盛定
・・母は18歳の時、この賞状を大切に持って、嫁いできたようです。
神戸に居る叔母(92歳)から、母のことはよく聞いていました。
成績も優秀で、朝礼台の上で挨拶をしたり、号令を掛けていたりしたと。
82年前の表彰状から、15歳の母の懸命な生き方が見えるようでした。
早朝より南州神社(西郷隆盛を祀っている神社)の清掃を自主的にしていた母。
少年団幹部としての自覚と責任ある行動。
18歳で嫁いでからは、5人の子ども達に教育を受けさせるため・・懸命に働いてくれた母。
母はよく、このように話してくれました。
「教育には時がある」
「身につけた教育は、生きている限り役に立つ。どんな時にも、誰にも(天変地異などにも)奪われることはない」と。
「10億の人に10億の母あるもわが母にまさる母ありなんや」
暁烏敏(あけがらすはや)が詠まれている様に、どんな時にも、母を思う時、勇気や力が湧いてきます。
「あの母の子なら、私もやれるはず!」と。
生き方をのこしてくれた母。
「お母さん、ありがとうございます!あなたの娘らしく生きていくね。見ててね」と、改めて母を思う今朝です。
みなさん、今日も笑顔溢れる 楽しい一日でありますように!
村山順子
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