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2026年6月12日 “創意工夫の母“でした!


おはようございます!


今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。



母が亡くなり3年2ヶ月。


伊丹空港に行くたびに、母に会いに宮崎行きの飛行機に乗っていた事を思い出します。



母が、4人姉妹にお揃いのボーダー柄のワンピースを作ってくれた事。


その4人で手を繋いで商店街を歩いた時の、通りがかりの人たちの「お揃いで可愛いね!」との嬉しいお声。


小学校の家庭訪問の時、先生にカステラを焼いてくれた事・・を思い出します。



当時の故郷沖永良部島では、子どもたちが先生に付いて家庭訪問に行っていました。


若い母は張り切って、丸型の、中に穴のあいた大きなケーキ型でカステラを焼き、食紅を混ぜたもので「先生、いつもありがとうございます」と書いてお土産に。


母はいつの間にお菓子を焼けるようになったのかなぁ?と思うくらいでした。


当時の沖永良部島の生活水準は全体的に低く、先生にお菓子を焼いてお土産に!という家は他には無かったと思います。


今思うと、一緒に付いて来てくれた友だちに申し訳なかったなぁと思いますが・・母なりの先生への精一杯の感謝の気持ちだったのだと思います。



母は、工夫する事に長けていました。


還暦を過ぎて脳梗塞になった時、右半身麻痺となり、長い間続けていたホテルを閉業。


右半身は不自由ですが、自由な時間がたっぷり。


料理上手な母は、左手だけで料理に挑戦していました。


広いまな板に、父に大きな釘を何本か打ってもらい、その釘をストッパー代わりにして野菜を切っていました。


服も、着やすいように、切ったり、広げたり、ゴムを入れたりして、自分で着替えができるように。


「できないのではない!どうしたらできるか」を考えて、工夫して自分で色々作っていたとの事。



母の頑張りを思う時、そんな母の娘として自分を振り返る時、恥ずかしくなります。


最近の私は、すぐ安易な方に流れてしまいます。


例えば、講演資料を先方に送る時・・いつも書類をまとめて送ってくれるスタッフにお願いしています。


打ち込むのは得意ですが、レイアウトを考え写真等を貼り付け資料を作るのが苦手で・・チャレンジするより先にスタッフにお願いしていました。


課題がたくさんあります。


逆に言うと、伸び代がいっぱいです。


講演資料を自分でまとめて先方に送る事、10月の講演分から自分でできるように頑張ります。



みなさん、今週もお読みくださりありがとうございました。


楽しい週末をお過ごしくださいますよう!




村山順子


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