2026年10月16日 生まれた時から決まっていた弟の仕事!

おはようございます!
今朝も笑顔満開、お元気で朝をお迎えでしょうか。
宮崎市で25年前に内科クリニックを開院した弟が、亡き夫の事について、文章を書いて送ってくれました。
そこには私の記憶してない事も書いてありました。
弟は私より9才下の70歳。
大学病院に勤務中、家族でイギリスに2年間留学。
帰国後も勤務した後、内科クリニックを開院して今日で25周年になります。
長女の私をはじめ4人女の子が続き、5人目にやっと生まれた男の子!
普段感情をあまり表さない祖母が、喜びのあまり踊りまわっていた姿を思い出します。
祖父が医師、ペリリュー島で戦死した伯父も軍医。
祖母や母は、医師の家系をどうしても守りたい!と思っていました。
我が家に男の子が生まれる事は、親戚、また地域の方々の願いでもありました。
そんな中で生まれた弟。
小学校4年生で、勉強の為、祖母と一緒に神戸に。
先に神戸に来ていた私が下宿していた叔母(父の妹)の家に離れを増築し、弟と祖母も一緒に暮らしました。
私が教師となってからは、3人で部屋を借りて。
祖母は料理を殆どした事がなく、また目も悪かったので、時に料理にサランラップの切れ端が交ざっていた事も。
祖母の生涯で初めての事だらけの、神戸での暮らしだったようです。
程なく、祖母は体調を崩し、沖永良部島に帰りました。
入れ替わるように、養護教諭になった妹と3人での暮らしが始まりました。
妹と私は、一日交代で食事当番を。
弟の受験など、学校関係の事は私。
季節の服の入れ替えなど暮らしの事は妹が担当。
5、6年生を担任していた私は、帰るのが遅く、つい出来合いの物やお寿司等を買って帰っていました。
一方妹は、帰りが早かった事もありますが、堅実に殆ど手作りしてくれていました。
弟は学生時代、私が結婚したりで、何度も引越しを経験する事に・・そんな中でも、医師になるという目標に向かって真っ直ぐに!
長くなりますので、またの機会に続きを書かせて頂きますね。
今週もお読みくださり、ありがとうございました。
爽やかな秋!
楽しい週末をお過ごしくださいますよう!
村山順子





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